前記事で、アメリカの小学校でのハロウィンのことを書いたので、続けて少しその当時のことを振り返ってみようと思います。
10年ほど前の話です。夫の都合で家族で渡米した時、娘は7歳でした。小学1年生になって4か月。まだ漢字も習っていませんでした。英語の能力は限りなくゼロに近かったです。彼女が英語でいえたのは、『自分の名前』『基本的な色』『ありがとう、すみません』それくらいでした。
そんな7歳が、突然アメリカの小学校に通うことになったのです。転校初日。彼女の気持ちは、(私に一体何をさせるつもり?)というところでしょうか。緊張で固まりまくる娘。先生が「大丈夫だよ、、、。」とかいろいろ話しかけてましたが、何一つわかっていなかったと思います。 親の私はと言えば、「帰ったら好きな色のリュックを買ってあげるから頑張って。」と、その時の彼女には何の助けにもならない言葉でその場しのいでいました。それでも、まだ1年生だったこと。15人クラスで先生の目が行き届いていたこと。いろいろと良い環境だったと思います。
1日が終わって、、、。
「何言ってるのか、ぜーんぜんわからなかった。」と言って帰ってきました。 日本では、『超』がつくおしゃべりだった彼女。たくさんの友達と公園で遊んでいても、目を離したすきに仲良しのSちゃんと木の茂みに隠れ、「あのさ、、、ちょっと内緒の話があるんだけど、聞いてくれる!」などと、女子トークを炸裂させていた娘。 そんな子が「言葉」が使えなくなることは、かなりの打撃だったと思います。
女子トークができないので、娘の休み時間は、男の子たちと「鬼ごっこ」に興じるしかなかったようです。
娘が心配していたこと。それは、『大事なことが伝わらなかったらどうすればいいのか?』ということ。 それは、親の私も心配でした。
それで、サバイバルカードを作り、娘に渡すことにしました。
トイレに行ってもいいですか?
気持ちが悪いです。
うちに電話してください。
助けてください。
ポケットに、このサバイバルカードを入れていたのです。
この効果は絶大でした。
娘は、このカードを頻繁に使っていたようです。
なぜ彼女の使用頻度がわかったかといいますと、我が家に先生から電話がかかってくるからでした。「家に電話してください」カードを先生に見せるのです。
「〇〇ちゃんが、髪の毛を引っ張ってゴムがとれたから悲しい」とか「今日のランチは学校のピザが買いたい」とか、電話で聞かされました。。。それを先生に伝える私。チーン。
そのうち、カードを増やしてほしいとも言いだしました。
「水が飲みたいカード」
「宿題がわからないカード」などなど。
カードばっかり増えるよ、、、カード屋さんじゃないだから、なんてことになってきました。
3か月がたったある日、先生から電話がかかってきました。
「娘さんが、サバイバルカードに頼るので、これからはカードを持たせないでください。 彼女はもう英語を話せます。こちらでも精一杯助けますので安心してください。」とのこと。
こうして娘のサバイバルカードの使用期間は、3か月で終了となりました。
カードを使わないで、家で「大事なフレーズだけも暗唱させる」とかいう方法もあったと思います。でも、我が家の娘にはカードを使うことが安心につながりました。このカードを使うというステップがあったから、次にスムーズに進めたと思います。
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。
ことり