ことりのかけら

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小学校の部活動と熱血指導の思い出


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昔の写真が出てきました。

普段は思い出しもしないことが、写真を見ることで思い出されますね。

今回は、小さな自慢です。

私ことり、武道館で演奏したことがあるんです。

レコードも出しました。(CDでないところで年齢が想像できてしまいますね)

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写真をご覧になってお分かりのように、個人で出場したわけではありません。小学校のマーチングバンド部に所属していて、それで全国大会に出場したための武道館での演奏です。

昭和の時代。田舎の町の小学校のマーチングバンド部。私はトランペット担当でした。

5年生・6年生の多くの児童が、何らかの部活に所属していました。男子サッカー、女子バスケットボール、男女器械体操、そしてマーチングバンド。

 運動会。午後一番の出し物は、マーチングバンドの演奏でした。小学校に子どもがいない近所の人までも、この演奏を見に来て応援してくれていました。これも昭和っぽいですね。

武道館で行われるマーチングバンド全国大会への出場資格を得るため、土曜日も時には日曜日も長期休みも学校で練習しました。楽器の練習だけでなく、「歩く練習」もあり、炎天下で長時間練習することもありました。それでもみなマーチングが好きでした。

私たちには、良い指導者がいました。G先生です。土曜日(当時の土曜日は3時間授業)は、お弁当持参で夕方まで練習。日曜日も学校に来て練習。そんな毎日でした。時々、先生がポケットマネーでジュースやアイスクリームを差し入れてくれいました。

G先生は、熱血先生でした。 音色には特にこだわりがあり、皆がきれいな音を出すまで、妥協しませんでした。時には厳しい指導に涙する日もありました。それでも、みんなG先生を慕っていました。先生が一生懸命であること、一人一人の成長を信じてくれていることを、私たちが感じていたからだと思います。

みな「全国大会出場」を目標に練習していました。

アルトホルンやユーホニウムは、通常ラッパが上の方向を向いていいます。しかし、トランペットのようラッパが前を向くように作り変えていました。近所の鉄工所のおじさんに、溶接して作り変えてもらっていました。ラッパが前を向いているほうが、みんなの音が同じ方向に伝わるからです。(公立小学校なので自由に使えるお金はありませんでした。G先生の知り合いに鉄工所のおじさんに、安価でお願いしていたそうです。)

地区大会を勝ち抜き全国大会に連続出場。泣きながら喜びました。

音色がきれいだということで、レコードも出すことになりました。

何十年たってからでも、一枚の写真から様々なことを思い出すものですね。

現在、部活動の練習時間が多すぎて生徒や教師に負担になっていることが問題になっていますね。小学校と中学校高校はまた別だとは思うのですが、私の小学校の部活の思い出に練習時間の負担は全くありません。 その理由を考えてみているところです。

 

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